<愛知万博>自然の叡智は体現できたのか?

愛・地球博も、残すところあと1週間。
観客動員も2000万人を超え、事業的には成功といえそうです。
しかし、素朴な疑問として、テーマの「自然の叡智」は体現できたのでしょうか。
僕は、愛知万博の内容が残念でならないのです。
確かに、イベントとしての万博は良かったです。(と正直思います。)
しかし、テーマである「自然の叡智」という視点で考えると、僕には失敗だったとしか思えないのです。
まず、会場を2ヶ所にしたこと。
長久手会場は当初からイベント性重視になるだろうと予想していましたが、瀬戸会場も基本的には従来の公園づくりを踏襲しているような感じで、目新しさは感じませんでした。
僕は、あくまで会場は海上の森(瀬戸会場)一ヶ所として、”里山という自然と共生していける街とはどんなものか”というのを、会場全体を使って表現するべきではなかったか? といまでも思うのです。
商業的な成功にしか考えが及ばない博覧会協会と、とにかく開発反対の強硬的な環境団体の狭間で、なんの問題提議もできないまま、ただイベントとしてだけの万博が行われてしまったような感じがしてなりません。
たしかに、環境万博といわれるだけあって、パビリオンによっては、かなり環境を意識した展示がされているものとか、建築的にもそれなりに工夫されているところもあります。
しかし、所詮、イベント期間中の仮設という、薄っぺらな次元で終わってしまっているのは否めないのではないでしょうか?
事実、一般来場者の視線は、よりイベント性の高い部分に向いていたと思います。
実際にその空間に身をおいて、環境とか、持続可能な空間を体験することほど、インパクトがあるものはないと思うのです。
また、海上の森に、恒久的な持続可能都市をつくる事は、今後の街づくりの一つの指針となったのではないかと思うのです。
「自然の叡智」をうたった環境万博の、その崇高な理念とは裏腹に、万博協会の姿勢は”俗”だったのではないでしょうか?
そのため、イベントとしては成功しましたが、環境に対する問題提議の場としては、薄っぺらなものになってしまったのだと思うのです。
ただ、救いは瀬戸会場を中心に市民団体が主体になって、様々なイベントが催されたこと。
史上初の、市民参加型万博が行われたことではないでしょうか。
そこで、多くの人々が、自然とか文化を身を持って体験できたことには、大きな意義があると思います。
2010年の上海万博も、”環境”をテーマに開催されるそうです。
上海万博では、”薄っぺらな環境”ではなく、会場づくりから五感に訴えるものにして欲しいと思います。

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