7月1日。静岡県の浜松市が周辺市町村と合併した。
僕の育ったまちも、浜松市に吸収されて消え去ってしまった。
地理的な条件や、町の財政規模から見ても、吸収される事は避けられなかったのだろうが、いざその日を迎えると、なんだか複雑な気分である。
新生浜松市。
なんでも、面積は1511.17平方キロメートルで高山市についで全国2位。(当然、大阪府よりも大きい。だろう。)人口は80万人を超え、静岡県1位だそうだ。
大きな自治体になることによって、それなりのメリットもあるのだろうが、そうとも思えない部分も当然ある。
僕の育ったまちは、浜名湖の、どちらかというと西寄りなので、もともと浜松市よりも愛知県の豊橋市との交流のほうが深い地域だった。浜名湖で遮断されていたので、浜松市とは言葉(方言)もちがうし、生活習慣も若干違う。
そんなことだから、当然、北部山間地域の町村とは全く交流もなかったし、生活圏を同じにしているという意識は全くと言っていいほどなかった。
もっとも、そういうことならば”合併に加わるということ自体が間違っていた。”ということなのだろうが、大都市なんていうものは、そういうものなのかもしれない。
(ちなみに、浜名湖西岸のほかの市町は、財政的に余裕があるのか、合併には加わらなかったのだが・・・。)
ここで僕が言いたいのは、”どうして、そのような合併をしなければいけなかったのか?”ということ。
1つの市だけで、県に匹敵するような面積というのが、尋常なことなのか?
これからの時代、より効率的な地方自治を目指していく事は重要であろう。
だが、「平成の大合併」のついては、地方の事情を何も理解していない中央の役人に、地方が踊らされているような感じがしてならない。
このような政策以前に、地方自治のあり方自体を、もっと議論すべきなのではないだろうか。
僕には、地方独特の文化や習慣を超えてまで、大きな行政単位をつくる事が、これからの時代に必要なこととは思えないのだが・・・・。
平成の大合併によって、僻地は存在しない。しかし、そこにはもはや若者は住まない。郵便局もなくなる。
これまで、山間部等を中心にした郵便局の廃棄問題を論じてきた。しかし、統計上は、こ
はじめまして。「平成の大合併」のきーワード検索で、こちらのブログにたどりつきました。
合併特例債により、あまり役に立たないようなハコモノを建設したりして・・・合併された町村にとってのメリットがほとんどないように感じます。合併された町村の上下水道を整備するなど、ほかにやるべきことがたくさんあると思うのですが。
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Mariusさん、はじめまして。コメントとありがとうございます。
合併ブームの中には、金目当ての(あくまで公債なので借金なのですが・・・・)理念なき合併もたくさんありますよね。
本当に、住民のことを考えてのことなのでしょうか?